近年、カスタマーハラスメント(通称カスハラ)や悪質クレーマーによる会社や従業員への圧力が問題視されています。
適切な知識を持つことで、会社と従業員を守ることが可能です。この記事では、悪質クレーマーへの効果的な対策を解説します。
※この記事は、2025年4月1日作成の記事を労働施策総合推進法改正によるカスハラ対策の義務化に合わせて加筆修正したものです。
改正労働施策総合推進法(2026年10月1日施行)
改正内容
改正後の労働施策総合推進法では、使用者に従業員をカスハラから守るための措置を講じる義務が課されます(33条1項)。この義務を怠った場合には、厚生労働大臣から勧告を受けたり、公表されることがあります(42条2項)。
改正法が規定するカスハラの定義
改正法においてカスハラとは、以下の3点を全て満たすものであるとされています。
- 職場において行われる、顧客、取引の相手方、施設の利用者その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者の言動であって、
- その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより、
- 当該労働者の就業環境を害すること
ただし、実際の現場でこれに該当するかを検討するのは困難ですので、対策上意識しすぎる必要はありません。
企業に課される義務
事業者には、従業員からの相談に応じ、カスハラに適切に対応するための体制整備が求められます(33条1項)。
分かりやすい言い方にすると、事前の基本方針の策定や従業員を守る意思の周知、マニュアルを作成して周知、カスハラを受けた従業員の相談体制の整備などが義務付けられます。
特別に新たな義務を課するものではない
もともと、使用者は従業員との労働契約に基づいて、従業員の安全を確保するべき安全配慮義務を負っています(労働契約法5条)。もし、使用者が何のカスハラ対策も行わなかったために、従業員がうつ病にり患するなどの損害が発生した場合には、従業員に対して損害賠償責任を負います。この意味で、以前から、使用者は適切なカスハラ対策を行う義務を負っていたといえます。
今回の改正は、もともと使用者がカスハラ対策の義務を明文化したものに過ぎず、使用者に新たな義務を課するものではありません。
事業の運営上の影響は大きい
一方で、カスハラ対策の義務が明文化されたことは、事業の運営上は大きな影響を与えます。
まず、法改正自体がメディアで発表されていますので、従業員としては自分の事業所がカスハラ対策を講じていないように感じる場合には、使用者に対して不信を持ちます。
このため、使用者は、従業員に向けて、改めてカスハラ対策を講じてその発表を行う必要があります。
次に、世間全体で、カスハラを許さないという風土が出来上がっています。これによって、店舗など顧客が立ち入る場所にカスハラ対策の方針などを掲示した場合にも、顧客の理解を得やすくなります。口コミサイトなどへの悪質な書き込みについても、「悪質なクレーマーが事実を婉曲して書いているのだろう。」と好意的な解釈をされやすくなります。
このように、事業所として、カスハラ対策を行いやすくなります。
今回の改正については、事業者に義務を課すこと以上に、事業者が従業員を守る行動を世間に理解されやすくなる効果が大きいと考えており、事業者にとってもメリットが大きい改正であると考えています。
カスハラ対策・クレーマー対策を行わないとどうなるか
他のお客さんへの影響
このような経験はないでしょうか?
レジが2つしかないコンビニエンスストア。一人の客がレジで延々とクレームをつけています。そのせいでレジが1つしか動かず、どんどん列が長くなり、お客さんの待ち時間が長くなっていきます。
このように、クレーマーによって他のお客さんに迷惑がおよぶケースがあります。
このため、適切な対策を行わなければ、他のお客さんが嫌がって足を遠のかせることがあります。
従業員への影響
カスハラは従業員にとって重い負担になります。このため、適切な対応を行わない場合、従業員の心身の不調や離職につながることになります。
このため、適切な対策を行わなければ、業務のパフォーマンスが低下し、離職者、休職者が増え、一方で採用でも苦戦することになり、人手不足を生じさせることにつながります。
会社への影響
クレーマーによって他のお客さんに迷惑がおよぶと会社の売り上げに悪影響が出ることがあります。
従業員の心身に不調が生じた場合には、債務不履行として会社が損害賠償責任を負う可能性があります。さらに、パフォーマンス低下、離職者、休職者が増え、採用でも苦戦することになり、人手不足を生じさせます。
このように、お客さんや従業員、ひいては会社を守るためにカスハラ・クレーマー対策は適切に行う必要があります。
重要なのは、法律で義務付けられたから対策が必要なのではなく、会社が利益を確保するために対策が必要であるという点です。
カスハラ・クレーマー対策のための基礎知識
カスハラ・クレーマー対策に役立つ法律の基礎知識をいくつか解説します。これらは、クレーマー対応以外の場面でも役立つので是非知っておいてください。
訴訟はこちらに有利である
クレーマーの典型的な脅し文句として、「訴える」「今払わないと高額の請求をする」などがあります。
しかし、民法上の法定利率は年3%であり、支払が遅れたからといって金額が大きく増えることはありません。むしろ、クレーマーと交渉するよりも、中立の裁判所で訴訟を行う方が会社にとって負担が少ないとも言えます。
警察通報ができる場合がある
暴行、脅迫などがあれば当然刑法犯となり警察通報することになります。
さらに、刑法には不退去の罪(刑法130条後段)というものがあります。これは、退去を求めているのに退去しない場合には、住居不法侵入と同じ罪になるというものです。このため、クレーマーが居座る場合には退去を求め、退去しない場合には「不退去の罪」として警察通報をすることができます。
インターネットの違法な書き込みは法的に対処できる
クレーマー対応では、インターネット上で事実無根の悪評を書かれることの不安もあります。
しかし、インターネットでの書き込みは、実際には完全な匿名ではなく、プロバイダ責任制限法によって、悪質な投稿は削除をさせたり、投稿者を特定したりすることができます。
さらに、民法の規定に基づいて、名誉毀損・業務妨害などの不法行為として損害賠償請求をすることも可能です。
統一したマニュアルを作ることの重要性
クレーマー対応で最も重要なのは、会社として一貫した対応をすることです。統一したマニュアルを作成しておくことで、従業員が安心して対応できるようになります。
従業員が感じている不安
クレーマー対応において、経営者は「クレーマーの妨害行為」や「売り上げや口コミなどの評価への悪影響」という不安を感じます。
従業員は、これに加えて「会社から責任を問われる不安」を感じています。例えば、自分としては非がないと考えていても、会社が従業員に非があると判断して責任を負わされるかもしれない、降格、減給、損害賠償などの責任を負わされるかもしれないという不安を感じています。
この不安が、従業員がクレーマーの言いなりになってしまったり、長時間の拘束に応じてしまう原因になります。
マニュアル作成は従業員の安心につながる
会社としてマニュアルを作成するとともに、マニュアルに従った結果問題が生じても会社が責任を取ること、従業員には責任がおよばないことを徹底して説明しておくことで、従業員は安心して適切なクレーマー対応を行うことができるようになります。
そして、この安心感は普段の従業員のパフォーマンスにも影響していきます。
さらに、これらの方針がHPなどで公表されていることは、採用活動においても有利に働きます。
具体的なマニュアル例
カスハラ・クレーム対応の基本は、その場で解決しようとせず「本社で対応する」ことです。
悪質クレーマー問題を現場で解決することは困難ですし、正当な権利主張であればなおさら本社で賠償などの手配を行う必要があります。
ここで紹介するマニュアル例はあくまでも基本的なものであり一例です。自社の事業内容などに応じて適切なものを作成しましょう。
不適切なマニュアル例
まず、やりたくなってしまいがちですが、適切ではない対応というものがあります。ここでは、従業員の負担という観点から2つのNG例を紹介します。
「納得するまで丁寧に説明する」
お客様に納得いただけるまで丁寧に説明するという対応は、従業員にとっては、いつ終わるか分からないクレーマー対応を何時間も強いられることになり、強い心理的負担になります。
これは、従業員が離職しやすくなるだけでなく、従業員が心身の不調に陥り、会社が従業員に対して損害賠償責任を負うことにも繋がります。
「正当な権利主張には誠実に対応、悪質クレーマーには毅然と対応」
これは一見すると合理的で適切な対応のように感じられます。また、弁護士などのサポートを受けながら対処できる場合には理想的な対応とも言えます。
しかし、主張が正当なのか、認容される金額がどれくらいなのかは、専門的で法的な判断になります。この判断をしようとすると、それ自体が従業員にとっての大きな心理的な負担になります。現場の従業員にこの負担を強いるべきではありません。現場においては、正当な主張か、ちゃんとしたお客様か、不当なクレームか、カスハラかなどの判断を行わないようにしましょう。
マニュアル例:本社で落ち着いて対応できる状態を作る
クレーマー対応時に重要なのは、現場で解決しようとせず、会社全体で落ち着いて統一した対応を取れる状況を作ることです。一度クレーマーから離れれば、専門家のサポートを受けながら落ち着いて法的に対応することが可能になります。
いかにして、この状況を作るかという方針でマニュアルを策定しましょう。
初動で謝罪しても問題ない
クレーマーであっても、何らの合理的な理由なくクレームを言っているケースはまれです。謝罪をしたことを根拠に後から裁判で責任を認定されるわけではありません。このため、初動で謝罪をすることに問題はありません(政府広報でも顧客対応の不備がカスハラにつながったケースが多いと指摘されています。)。
なお、謝罪したことに乗じて不当な要求をされた場合には、後述のように退去を求めたり、警察通報すれば足ります。
連絡先を確認する
後日に本社から対応する旨を伝えて連絡先を聞くようにしましょう。
会社から損害賠償をしなければいけないような正当な主張の場合には、その義務を履行するために連絡先を教えてもらう必要があります。
逆に、自ら不当であると認識しているクレーマーであれば連絡先を聞くと諦めるケースも多いです。
時間制限を設ける
マニュアルの中で必ず対応時間の上限を定めておきます。例えば「5分」などと明確に時間を定めます。
長時間クレーマー対応に時間を割くと他のお客さんに迷惑をかけることになります。また、いつ終わるか分からないクレーマー対応を行うことは従業員にとって大きな心理的な負担になります。終わりが見えている状態にすることで従業員の不安を減らすことができます。
決めた時間を超えた場合は退去を命じる
決めた時間を超えてもクレームが終わらない場合には、対応を打ち切る旨を伝えて、明確に退去を命じます。
しっかりとしたマニュアルが定められていない場合、従業員自身の判断で対応を打ち切って退去を命じることは簡単ではありません。必ず、一定時間を超えたら打ち切れることを明確に従業員に伝えておきましょう。
退去に応じない場合や暴行・脅迫があれば直ちに警察通報
退去を命じると、ほとんどのクレーマーは諦めて退去します。
それでも退去しない場合には、不退去の罪として警察通報を行います。この場合は刑事事件ですので「民事不介入」にはなりません。
なお、対応時間以内であっても、暴行や脅迫など、従業員が危険を感じた場合には対応を打ち切って警察対応をしましょう。
従業員に責任がおよばないことを明示しておく
従業員はクレーマー対応を誤った場合に自分に責任がおよぶのではないかという不安を感じながら対応をすることになります。
従業員に責任がおよばないことを明確にしておくことで従業員の不安を解消することになります。この安心感は従業員の仕事の質にも影響していきます。
最終的には本社が統一した対応をする
連絡先を聞いて本社で対応できるようにした後は、本社で責任をもって統一した対応をします。この時点ではお客さんは目の前にいないので、落ち着いてじっくりと対応するようにしましょう。
弁護士などの専門家のサポートを受けながら対応することも重要です。
まとめ
悪質クレーマー対策には、事前の準備と知識の共有が不可欠です。
会社として統一した対応を決め、従業員が安心して働ける環境を整えることで、被害を最小限に抑えることができます。
クレーム対応に困ったら、弁護士に相談することをおすすめします。
法的手段を適切に活用し、企業の利益を守りましょう。
この記事の執筆者
寺岡法律事務所
弁護士 寺岡健一(大阪弁護士会)


